■MG34 1942年 その3
塹壕の火点からMG34を射撃中。中央に2脚を装着した場合、射角調整の自由度は増すものの、反動を押さえる効果は低減(命中率の低下)する。1942年、ソビエト連邦。
フィードカバーを開けて弾薬を装填するドイツ空軍の兵士。アルミ製と思われる弾薬箱は外観の塗装もほとんどが剥がれている。1942年、ソビエト連邦。
破壊された建物からラフェッテ34を移動させる兵士。ラフェッテ、MG34、弾帯100発の合計重量は35kgになるため二人で移動させる必要がある。1942年、ソビエト連邦。
塹壕に置かれたMG34。ベークライト製ストックは上下に金属製カバーの付いた初期型。1942年、北アフリカ、チュニジア。
カモフラージュされた塹壕に配置されたMG34。34型弾薬箱が2つと3つのコンテナに収納された50連ドラムマガジンが6個、予備銃身ケースがあり、全てジャーマングレイのような暗い色で塗装されているように見える。1942年、北アフリカ、チュニジア。
ダークイエローで塗装され擬装の草を取り付けたラフェッテ34。1942年、北アフリカ、チュニジア。
無線装甲車「グライフ」(Sd.Kfz.250/3) で食事中のロンメル将軍。車載のMG34は砂塵の影響かかなり白っぽくなっており、銃口キャップが装着されている。1942年、北アフリカ。
MG34を射撃中の降下猟兵。射手はラフェッテ34のトリガーに手を置き、奥には給弾手がいる。1942年、ソビエト連邦。
森の中でMG34を伏せ撃ちする武装親衛隊の兵士。薬莢が転がっているので射撃中のようだが、安全装置は掛かった状態にある。1942年、ソビエト連邦北部。
草むらに設置されたラフェッテ34を操作する武装親衛隊の兵士。弾頭が黒っぽいので木製弾頭の空砲弾かもしれない。1942年、ソビエト連邦。
車輌の影で休む兵士。手前には2挺のMG34と対戦車ライフル(PzB39)が置かれ、中央のMG34は布製レシーバーカバーが巻かれている。1942年、北アフリカ。
ジャーマングレイで塗装された低姿勢状態のラフェッテ34。1942年冬、ソビエト連邦。
冬季迷彩でMG34を担ぐ第1降下猟兵連隊の兵士。1942年12月、ロシア、スモレンスク近郊。
第1降下猟兵連隊の兵士が機関銃陣地でMG34を構える。射角調整の範囲が広くなるよう2脚は後方に装備されている。1942年12月、ロシア、スモレンスク近郊。
MG34を持つ第1降下猟兵連隊の兵士。50連ドラムマガジンには部隊での管理番号と思われる数字が記されている。1942年12月、ロシア、スモレンスク近郊。撮影者は一つ上の写真と同じ。
1942年にドイツ海軍のカメラマンが撮影、という情報以外は詳細が不明な写真。ラフェッテ34の構造を大幅に簡略化したような銃架にMG34が搭載され、安全な位置で射撃できるよう大型の潜望鏡が付いている。3脚は折り畳みと、左右・上下の射角調整機構を有しており、マウントフレーム前方のコイルばねによって反動抑制機構も備えている可能性がある。潜望鏡を覗く兵士は肩章から海軍沿岸砲兵のようだ。この銃架は他の写真が無く、ごく少量の試作に留まった可能性が高い。