■望遠鏡 見え方比較
ドイツ軍のSF14Z(砲隊鏡)、DF10×80(対空望遠鏡)、Dienstglas 10×50(双眼鏡)と現行ハイエンド双眼鏡(2種類)との見え方比較を紹介する。当時、最先端の光学技術を持っていたドイツが軍用に開発した望遠鏡はどのような性能をもっていたのか。
「望遠鏡の見え方」は様々な要因が影響するため実際に覗かないとその特徴はわからない。解説や掲載写真で詳細を伝えることは不可能なため、大雑把なイメージだけでもつかんでいただければ幸いである。
本項ではすべて「倍率10倍」の望遠鏡で比較を行う。紹介するのは以下の5種類。
○エミール・ブッシュ SF14Z (1940年頃生産品)
倍率10倍 対物レンズ径50㎜ 実視界:5.0° 見かけ視界:47.0° 1000m視界:87m
○エミール・ブッシュ DF10×80 (1943年頃生産品)
倍率10倍 対物レンズ径80㎜ 実視界:7.5° 見かけ視界:66.4° 1000m視界:131m
○カール・ツァイス Dienstglas 10×50 (1943年頃生産品)
倍率10倍 対物レンズ径50㎜ 実視界:7.3° 見かけ視界:65.2° 1000m視界:128m
※視界の数字は目当てを外した状態
○キヤノン 10×42 L IS WP (2006年発売 小売価格\180,000)
倍率10倍 対物レンズ径42㎜ 実視界:6.5° 見かけ視界:59.2° 1000m視界:114m
○ニコン WX 10×50 IF (2017年発売 小売価格\670,000)
倍率10倍 対物レンズ径50㎜ 実視界:9.0° 見かけ視界:76.4° 1000m視界:157m
各望遠鏡のイメージ画像は、接眼レンズから撮影しても肉眼で見たイメージとは異なってしまうため、本項では同じ風景写真をもとに画像処理によってイメージを再現した画像を使用しています。
10倍という倍率は100m先にある対象物が10m先にあるのと同じ大きさに見える。上の画像を見ればその差は一目瞭然。
10倍はWW2ドイツ軍の小型光学機器としては比較的高倍率だが現行の市販双眼鏡としては一般的。様々な用途で使いやすい汎用性の高い倍率といえる。
各望遠鏡で見た際の視界を比較。倍率が同じ10倍なので、どの機種で見ても対象物はおおよそ同じ大きさに見えるが、視界の範囲には大きな違いがある。SF14Zは最も視界が狭い。
海を挟んだ防波堤の赤い灯台と対岸にある港湾施設を各望遠鏡で見る。灯台までの距離は約870m、右側から3つ目のガントリークレーンまでの距離は約2,300m。
■SF14Z 砲隊鏡
10倍で1000m視界が87mというのは、現行双眼鏡も含め視界は狭い部類に入る。視野はやや黄色っぽく、対象物のコントラスト・色再現も少し弱いが自然な色合いがしっかりと見える。像周囲の流れ・色収差・歪曲収差ともに少なく、解像度も良好。基本設計が100年以上前、レンズコーティングも無い時代の光学機器であるが描写力は高い。
※上の写真はクリックすると大きなサイズで表示されます。
対物レンズを横へ広げれば対象物を立体的に観察することができる。この「立体感」は2つの対物レンズ距離が大きく離れている砲隊鏡やステレオ式測距儀のみで得られる特別な視野であり、通常の望遠鏡で見ることはできない。着弾地点が目標の手前なのか奥なのか、または適正なのか?前後の距離感を把握したい場合、砲隊鏡が最適な像を提供してくれる。
ステレオ式測距儀や対物レンズを横に広げた砲隊鏡の視野を疑似的に体験できる画像を掲載。左右に並べた画像から立体的な像を得ることができる「立体視」で上の画像をご覧頂きたい。この「立体感」と実際に光学機器を覗いた際に得られる立体感はほぼ同じ。立体感のある像がどのようなものか?この画像でイメージがつかめる。
この画像は「平行法」です。「交差法」の画像はこちら。
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対岸まで1,600m、その奥に見える船の艦橋までは約2,100m、山のすそ野を左右へ通る高速道路の橋脚まで約8,000m、遠方の鉄塔まで約9,400m。遠距離になるほど立体感は得にくくなる。
この画像は「平行法」です。「交差法」の画像はこちら。
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■Dienstglas 10×50 双眼鏡
ドイツ軍で最も使用された官給品双眼鏡であるDienstglas 6×30よりも高性能な双眼鏡として砲兵や対空監視任務などで使用されたDienstglas 10×50。カタログスペック上の1000m視界は128mと優れた広角性能を持つ双眼鏡だが、実際に覗くと視界はSF14Zよりも僅かに広い程度。1000mで90m程度に見える。中央の解像度は高く、色の再現はSF14Zに近いが像周辺の流れは独軍3機種中最も多く、歪曲収差もそこそこ目立つレベル。
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ところが目当てのリングを取り外し、接眼レンズに目を近づけて覗くと公称通りの広角視界が得られる。Dienstglas 10×50はアイレリーフ(接眼レンズから目までの最適な距離)が極端に短く、目当て装着状態では像周囲がケラレてしまい本来の広角視界を見ることができない。
目当てなしでは広角視界が得られる一方、目の位置調整がシビアで像周囲の流れや歪曲収差がより目立つ。
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■DF10×80 対空望遠鏡
1000m視界で131mは超高角であり、80年前の望遠鏡としては世界最高レベルではないかと推測する。現行の双眼鏡でもこれに匹敵する超広角を持つ双眼鏡は一部メーカーのフラグシップモデルしか存在しない。広い視界が眼前に「ドン!」と広がる光景は爽快。アイポイントが寛容なので視野のケラレが発生しにくく、なによりも見やすい。長時間の監視任務用としては最適。中央の解像度は僅差であるが独軍3機種の中で最も良い。
対物レンズ径が80㎜と大きく夜間でも肉眼と同程度の明るさで見えるため夜間の監視任務にも適しているが、強い光源があると盛大にゴーストやフレアが発生する点はマイナス。
広角を優先した設計のためか、80㎜という大きな対物レンズ径でありながら像周辺の流れ、歪曲収差も目立つ(Dienstglas 10×50よりは抑えられている)。コントラストも薄く、全体的に色味がグレー掛かって像が平たんに見える。
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ドイツ軍2機種の比較。対空監視・索敵用途として超広角と見やすさを追及したDF10×80と砲兵観測用に狭めた視野で優れた像を提供するSF14Z。それぞれの使用目的に対する設計の優先事項がはっきりしている。
どちらの視野も黄味を帯びているが、SF14Zの方が色の再現性は高く鮮やかに見える。
■キヤノン 10×42 L IS WP
手振れ補正を搭載したキヤノンのフラグシップ双眼鏡。中央から周辺まで高い解像度を持ち、各収差も非常に低いレベルに抑えられているなど光学性能は非常に良好。優等生で隙が無い。ドイツ軍光学機器と比較し、明らかに色が濃く、空の青も鮮やかでコントラストが強い。手持ち双眼鏡の問題点である「手ブレ」は補正によってほぼ解消されるため、対象物を詳細に確認できる。
1000mで114mという視界はやや広角より。
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■ニコン WX 10×50 IF
ニコンが持つ光学技術の粋を集めて開発された双眼鏡。圧倒的な超広角が広がり、視野の周辺まで維持されたシャープな像は異次元の世界を体験できる。他の双眼鏡とは一線を画す最高峰の光学性能をギリギリ手持ちが可能な重さ(2.5kg)に抑えて実現した。この凄さは実際に覗いてみないと分からない。
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ドイツ軍の望遠鏡と現行フラグシップ機の比較では周辺まで均一な高い解像度、良好な色の再現性と高コントラスト、徹底して補正された収差、フレア・ゴーストの少なさという点でやはり現行機が圧勝する。
その一方でWW2ドイツ軍光学機器は、古いアンティーク品のような古ぼけた曖昧な描写ではなく、解像度もあり現在でも十分に通用する性能を持っている。また光学設計に余裕があるためか、どの機種も見やすく疲れない。良好な状態で維持された独軍光学機器を覗く機会があれば、その鮮明な描写力に驚き、80年前の高い技術力を実感できるだろう。
最後に、本項の作成にあたりニコンとキヤノンの望遠鏡を貸出頂きましたN様へ、心より感謝申し上げます。