■ZF41 望遠照準器 / Zielfernrohr 41
第二次大戦前、ドイツ陸軍で使用していた小銃用の光学照準器は様々な民生品が使われており、正式採用された倍率4倍から6倍の照準器も民生品をベースとしていた。ZF41は1939年9月、ポーランド侵攻時の戦訓が契機となり、純然たる軍用の光学照準器として開発された。小銃用の照望照準器「ZF41」は1.5倍という低倍率、小型の本体、アイリリーフ(照準器が適切に覗ける接眼レンズと目の距離)が長いなど、通常の狙撃用望遠照準器とは異なる特徴を持っている。
1941年4月26日に陸軍総司令部から発行されたマニュアル「Kar98k-ZF41に関する要領書」には次のように書かれている。
「ZF41付きKar98kの特徴および任務
ZF41を装備したKar98kは特に選抜された優秀な射手のための武器である。
本銃は特に小さく、通常であれば攻撃することが困難な目標に対する精密な点目標射撃を可能とする。また照準眼鏡を使用することにより、肉眼では識別しにくい目標に対しても射撃できる。
最も有効な射撃距離は400mまでの範囲である。
曇天、薄暮および暗闇においても照準眼鏡装備小銃を持つ射手の使用には十分な効果が期待できる。」
このように一般兵士の小銃に装着し、射撃精度の向上と効率的な射撃の実現を目指した。実際、ZF41は通常の射撃において周囲の状況を確認しながら効率的な射撃を行うことができ、リアサイト上部に装着された小型のZF41は銃の通常操作を妨げず、Kar98kに慣れた兵士でも違和感なく使えるという利点を持っていた。
狙撃兵による遠距離の精密射撃には民生品ベースの高倍率光学照準器、一般兵士の射撃精度向上にはZF41という区分けを想定していたが、狙撃用照準器の慢性的な不足により、ZF41は開発意図に反して主に狙撃兵に配備されることとなった。その結果、低倍率で視野の狭いZF41は「使いにくい」という評価が定着してしまった。
1941年7月14日に正式採用されたZF41はその多くがKar98kに装着されたほか、Mkb42、MP43での使用も確認できる。またZF41と同型のZF40がGewehr 41と共に使用される予定であったが、この計画はG.41の作動不良問題が影響したためか頓挫した。15社にも及ぶ多数のメーカーにより製造されたZF41はZF4の採用以降も生産が続けられ、その生産数は多くの資料で10万個前後とされている。しかしながらドイツ軍小銃用照準器の研究を行う Kentomon 氏の現存するZF41の製造番号を追った詳細なデータベースの調査では264,500個という数字が示されていることから、ZF41の生産数は少なくとも20万個以上であった可能性が非常に高い。Kar98kの生産数は約1,400万挺とされているため、20万強の生産数では装着率が2%にも満たず、極めて低い数値であったことがわかる。
本項の一部掲載品は二次大戦中のドイツ軍光学望遠照準器に関する情報を提供するサイト「第二次世界大戦のドイツ小銃用望遠照準鏡」を運営する Kentomon 氏から借用した貴重な品々が含まれています。当ホームページへのご協力に感謝申し上げます。

第二次世界大戦のドイツ小銃用望遠照準鏡
German Telescopic Rifle Sights of WWII
サイト管理者:Kentomon
■各部のディテール紹介
・ZF41