Kar98k / Karabiner 98 Kurz




 1871年にペーター・パウル・モーゼルによって開発された黒色火薬を使用する小銃・M1871(Gew71)がドイツ帝国で正式採用となり、この銃がモーゼルボルトアクションライフルの原点となる。その後、無煙火薬を使用する1888年にドイツ帝国に採用されたGew88が登場。これが徐々に旧式化すると、再びモーゼルが開発した小銃が1898年にGew98としてドイツ帝国の正式採用銃となった。Gew98はシンプルで頑丈なアクション、射手の安全性にも高い配慮がなされた設計により第一次世界大戦でのドイツ軍主力小銃として活躍した。

 その後、第一次大戦で敗戦したドイツでは厳しい軍事予算のなかで再び信頼性の高いGew98の使用を決定。一部を改良しkar(騎兵銃)98a やkar98bとして使用する一方、ドイツ再軍備に向けて新型小銃の開発も進められた。Gew98をベースに銃身長の短縮や照準器の改良などを施した新型小銃をモーゼル社で開発、1935年にkar98kとして正式採用が決定すると、ドイツ国内や占領下での軍事工場など10ヵ所で生産。1934年から45年の間に膨大な数が生産されたkar98kはドイツ軍の主力小銃としてあらゆる戦線で使用された。Kar98kの正確な生産数は不明で諸説あるが、シリアルナンバーから推測したデータ(※参照元:The GERMAN K98k RIFLE, 1934-1945・COLLECTOR GRADE PUBLICATIONS INC発刊)では総生産が1400万挺となっている。以下に生産したメーカーと生産数、年ごとの生産数を記す。

・生産メーカーと生産数

Mauser Werke AG,Oberndorf aN    5,155,882挺
J P Sauer & Sohn       1,982,799挺
Wilhelm Gustloff Werke       1,216,163挺
Mauser Werke AG,Borsigwalde     1,088,760挺
Waffen Werke Brünn AG,Brünn     1,029,486挺
Steyr-Daimler-Puch AG       965,789挺
Waffen Werke Brünn AG,Bystrica    943,432挺
Berlin-Lübecker Maschinenfabrik     879,333挺
Erfurter Maschinenfabrik(ERMA)      655,189挺
Berlin-Suhler Waffen-und Fahrzeugwerke  131,956挺

合計:14,048,789挺


・各年ごとの生産数

1934年  23,393挺
1935年  269,018挺
1936年  524,757挺
1937年  684,884挺
1938年  910,717挺
1939年 1,056,025挺
1940年 1,417,300挺
1941年 1,215,308挺
1942年 1,288,241挺
1943年 2,751,855挺
1944年 3,196,000挺
1945年  711,291挺


 kar98kのメカニズムはGew98と基本的には同じである。新しい画期的なメカニズムが採用された銃ではないが、既存の優れた設計をバランスよく取り入れて合理的にまとめられた銃である。kar98kで完成された頑丈で安全、シンプルで扱いやすいモーゼルアクションは現在のボルトアクションライフルにも多大なる影響を与えている。

 複数の工場で大量生産されたKar98kは製造時期によって資源節約とコストダウン・生産性向上のため細部に差異がみられる。木製ストックは単材から積層材へ、削り出し部品はプレス製へ、仕上げの簡略化、形状の単純化などである。
ここで紹介するkar98kは良い仕上げを残している1941年製。さまざまなバリエーションが存在するkar98kの中では日本のモデルガンでもおなじみの標準型といえるタイプとなっている。

■各部のディテール紹介

・kar98k 全体写真

・レシーバー

・バレル・マズル

・フロントサイト・リアサイト

・木製ストック

・ZF41 (狙撃用スコープ) その1

・ZF41 (狙撃用スコープ) その2

・刻印 その1

・刻印 その2


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