MP38 (短機関銃) / Maschinenpistole 38




1930年代の中頃、ドイツ軍の次期新型短機関銃を採用するため開発指示が下った。マウザーやラインメタル社も参加する中、エルマ社はハインリッヒ・フォルマーが1935年に開発した短機関銃、EMPのメカニズムをベースとしてEMP36を開発した。小型・軽量化のための回転式折りたたみストック、旧来の短機関銃のような横向きではなく下向きに装着されるマガジン、固定式銃床が無い独立した後部グリップ、木製のグリップパネルとストック、2段伸縮式チューブのリコイルスプリングを有したEMP36はMP38に類似した外観と特徴をすでに持っていた。このEMP36は他社メーカーの試作銃と共に1936年にテストされたものの軍の意向に合わず全て非採用となった。その後、エルマ社では輸出用商品としてEMP36を改良。木製部品を廃止して樹脂製部品への切り替え、マガジンの形状変更、折り畳み式ストックの強度向上などを図った輸出型EMP36はポルトガル、ブラジル、スペインに輸出されドイツの国境警察でも使用されたが、生産数は少量となっている。

1938年、新型短機関銃の正式化を急ぐドイツ軍は改めて各銃器メーカーに開発を打診。装甲車輌の兵員や空挺部隊が使いやすいよう小型・軽量であること、また高い生産性も求められた。この要求に対してエルマ社の輸出型EMP36の優れた性能が認められ一部を改良の上、1938年8月にMP38として正式採用された。エルマ社で1938年後半からスタートしたMP38の生産数は同年に1,000挺、1939年に14,400挺。1939年9月のポーランド侵攻時にドイツ陸軍が保有していた8,772挺のMP38の多くが装甲車輌の乗員へ優先配備されており、歩兵部隊への配備はごく一部に限られていた。その後、1940年になるとハーネル社も加わり同年14,000挺、1941年に12,800の計42,200挺(40,576挺説もあり)が生産された。

MP38の量産が進む中、ドイツ陸軍兵器局は今後ますます拡大する需要に対して製造方法の改善と生産能力の向上を模索した。鋼製パイプから削り出しで製作していた手間の掛かるレシーバー部品と希少なアルミを使ったグリップフレームなどをプレスのスチール部品に変更し製造の簡素化を進めたMP38の改良版、MP40の採用で優れた量産性を実現。規模が小さく自社の生産目標すら達成していないエルマ・ハーネルの2社だけでは不足する生産キャパに関しては、大手の武器製造メーカー・シュタイヤー社にも製造を依頼することで改善された。

1941年から生産が開始されたMP40は安全装置を持つ新型ボルトを搭載したMP40/Iへとさらなる改良が進み100万挺以上が生産された。MP38・MP40は第一次大戦から続く旧来のデザインを大きく脱却した次世代の新型短機関銃として登場し独軍歩兵部隊の火力増強に大きく貢献した。



■各部のディテール紹介

・レシーバー その1

・レシーバー その2

・レシーバー その3

・レシーバー その4

・折りたたみ式ストック / リアサイト

・銃身 / 銃口

・マガジン

・刻印 その1

・刻印 その2



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